2017年08月18日

2ツ池

ふたつ池 (1).JPG
町の親戚へお盆に行き帰りにまた小池の前を過ぎる。いつもここには水草が生い茂り美しい花を開かせる。良く見ると濁った水のなかには鯉が泳いている。これは初めて見た。
ふたつ池 (2).JPG
posted by 郷 太郎 at 22:50| Comment(0) | 湖都点描(故郷100景)

オミナエシ孟宗

野菜 (6).JPG
午後孟宗を伐っていると隣のおばあさんが家へきたようだ。今日もこんなに採れたから食べろと、野菜を持ってきている。ピーマン、シシトウにササゲを持ってきている。ササゲとはインゲン豆の長さが長い30cmくらいあるような品種のことを言うらしい。それに畠に咲いている黄色いオミナエシを墓にさせと一緒にくれる。この花は細かい花粉がパラパラおちるから仏壇にはあげないほうが良い。という。うちでもすっかりもうオミナエシなど無くなって久しい。さっそくあざやかな黄色の花を供えに墓へ行く。墓道の中ほどには山の上から枯れたり伸びたりして崖を越えて家の屋根にかかるような竹がある。これらは伐っておく必要がある。5本ばかり切って倒す。以前は墓の数が多かった頃まだプラスチックや陶器の花立てなどは手に入らなかったころは孟宗竹は花筒、線香立てとして使用された。20本も伐りだし、庭に並べて100本くらいの竹を切りそろえ2本づつ組にして並べる。それを50組ほど作る。夏の晩は表障子を開け放って庭先に裸電灯の光が届き明るく、月のある晩は上空から満月がこうこうと照らし作業もはかどる。花竹を差し替えると墓へバケツで上がり水やりをする。大体お盆の前の1週間もかかる定例の長らく続く作業であった。良い横引き鋸ですっと手前に回しながら引くと竹はまっすぐにきれいに切れる。料理人の包丁と同じに鋸の目立て手入れは細い目やすり1本で大切で根気のいる作業だ。墓の掃除も劣らず大変であった。現在のように明るい陽の射す場所でなく周囲が樹木に覆われて鬱蒼として昼間も薄暗くとにかく蚊が多かった。花筒の中の腐った水にボウフラが育ちわんわんという。落ち葉の量も大変多く掃き掃除も何度も出来ないようだった。今は周囲が伐採され明るい風光に照らされ宍道湖も遠くに光り、平野の明るい墓地公園のようになって落ち葉も少ない。
posted by 郷 太郎 at 22:49| Comment(0) | 湖都点描(故郷100景)

原発避難道路

田園 (1).JPG
友人の家で話していると、島根町、鹿島町、生馬のあたりを通り湖岸道路に出てくる道路新設計画が決まったようだ。山を越えて湖北平野に降りて来て大曲川に沿って進みイングリッシュガーデン前あたりで県道につながる。県道に沿って一畑電車の単線線路が通っているからここの部分はかなり高い高架橋になるだろう。北から線路にぶつかる場所で直角に曲がるのではないから平野部から大きな緩いカーブを持って東西に夫々曲がっていく。これはよいけれど問題は平野部の構造である。仮に平野部を埋めてならして道路を作るなら幅8m程度の道路でも両側のノリ斜面をいれて40数mが埋め立てることになる。また現在の場所には多くの農耕道路が交差しており、田植えから収穫まで、多くの農耕車両が通過する。これを信号の有無にかかわらず多くの交差が生ずる。30数年かけて農耕地圃場整備の返済を終えたばかりの水田をまた掘り返して道路にするほどのメリットがなぜあるのだろうか。しかも平坦構造では交差が非常に増える。当然ここは山から下りた平野部ではすべて高架にしたい。先祖たちが腰までつかりながらクワをふるって開墾した深田を少しでも残したい。それは減反政策の矛盾とは別に受け継いだ者の心得でもあろうか。島根原発が海岸端にあり万一の時、住民が県道9号に抜けられるためにもこの道路を活用する予定らしい。島根半島部から何かで脱出するには宍道湖の北側の湖北道路へ出てから、宍道湖の南側のR9に出て東は安来、米子方向、西は出雲、太田方面、南は中国山地を越えて岡山、広島方面へ抜けるしかない。その意味で今度の道路は生活道路というより、原発避難道路となる。
posted by 郷 太郎 at 22:46| Comment(0) | 湖都点描(故郷100景)
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